山のコト

山のコト Vol.55 「山ヤ」がバックカントリースキーを始めるまでの話

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スキー経験のない「山ヤ」がバックカントリースキーを始めるまでのあれこれをまとめてみました。非常にニッチなテーマではありますが、バックカントリースキーに興味があるけど、きっかけがなかったり、何から始めたらいいのか分からない人の参考になれば嬉しいです。ちょっと長いですがお付き合いください。

「因みに「山ヤ」という言葉は「登山を楽しむ人」という定義で使ってます。

 

バックカントリーでは滑走用具としてスキーかスノーボードの選択肢がありますが、この記事ではスキーを前提として話をします。

理由としては、「山ヤ」からバックカントリーを始める人は歩く事も好きなことが多いので、ただ滑って楽しい山だけでなく、長い距離を歩いたりもしたくなるはずです。そういう時に機動性はスキーの方が圧倒的に有利なのです。滑りながら斜度が無いところに出てしまった時などもスキーならそのまま進めますが、スノーボードだと板を脱いで歩いたりしなくてはなりません。

もちろん、前からスノーボードをやっていたとか、上記の部分も踏まえてスノーボードでバックカントリーをやりたい、という人を否定するものではありません。

バックカントリーデビューのきっかけ

 

さて、「山ヤ」がバックカントリースキー(以下「BC」BackCountry の略です)に興味を持つのはどういうきっかけでしょう?大抵はある程度山の経験を積んで、雪山に行くようになったところ、その雪山の山頂辺りでいそいそとスキー、もしくはスノーボードの準備をしている人を見かけて、その人が奇声を上げながら斜面へ飛び込んでいく場面に遭遇する、と言ったところでしょうか?

興味はそそられるものの、世界が違いすぎて自分がそれをやるというイメージは中々持てないかもしれません。それなりに準備が必要でお金もかかり、リスクもあるので簡単に人に勧められるような類のものではありませんが、初めての瞬間があるのは誰でも一緒です。

この記事でBCデビューする人「モグモグ」も、山頂から気持ちよさそうに滑っていく人を見て楽しそうと思ったのがきっかけでBCを始めています。「自分がBCをやるとは思わなかった」という未経験の人がBCを始めた実例なので参考にはなるかと思います。

 

登場人物紹介

この記事で登場する人物の紹介を簡単に。

【モグモグ】
BCデビューした人です。この記事は主にこの人の話。 40代 ♀
スキーは小学生時代にスクールに入ったことがある程度。登山は低山からアルプスまであちこち。まぁまぁ健脚。ガッツあり。2021年から練習始めて 2022年BCデビュー。

<使用ギア>

  • 板:Atomic BACKLAND98 164cm
  • ビンディング:MARKER KingPin10
  • ブーツ:K2 MIND BENDER90

<BC1年生で滑った山>
立山 | 白馬八方 | 黒姫山 | 平標山 | 東谷山 | 西吾妻山 | 森吉山 | 秋田駒ケ岳 | 四阿山

 

【ヤマヤマ】
モグモグをBCに連れてく人。このBlogの中の人です。 40代 ♂
子供時代に家族でスキーと登山やってました。20代〜30代前半はパーク系スノーボード一筋。30代後半から登山とBCスタート。登山はテント背負っての縦走が好み。写真を撮るために機動力重視でスキーに乗り換え。

<使用ギア>

  • 板:Atomic BENT CHETLER100 180cm
  • ビンディング:MARKER KingPin13
  • ブーツ:TECNICA COCHIS130

 

 

BCデビューの要件

早速ですが、まず結論的な部分から。BCデビューに必要な要件は大体、大きく以下の4点かと。

①雪山の経験

ゲレンデにしろ雪山登山にしろ、やはり雪の中で行動したという経験は必要です。冬の山で晴れている時、曇っている時、雪が降っている時、吹雪いている時、それぞれどういうことが起きるのか、どう感じるのか、ということを安全な環境でまずは体験しておくといいと思います。

これはゲレンデで滑る練習をしながら、合間に雪山登山に行ったりと並行して進められる練習です。

②やる気と時間

山に行く前に、ゲレンデである程度の練習は必要なので、それなりに時間とやる気は必要です。「モグモグ」の場合は、スキーシーズン1月〜3月の週末をほぼゲレンデでの練習に当てました。当然個人差はありますが、小学生でスクールに入っていた事もあって飲み込みが良かったので1シーズンで山に連れて行けると判断しました。全く初めてスキーをする、という人は2シーズンみておいた方がいいかもしれません。誤解のないように言っておきますが、BCの練習とはいえ、ゲレンデで滑るのも楽しいのでデビュー前の苦行のようなことにはならないと思います。

ギアを揃えちゃえば、やるしかないのでそれも一つの手かと。

③信頼できる師匠もしくは仲間(もしくはガイドツアー)

全くの初心者なら、ゲレンデも含めて練習に付き合ってくれる師匠や仲間は必要です。

BCは場合によっては命の危険も伴います。基本的にソロでの行動はお勧めできません。それだけに同行する人は重要です。人柄や普段からの行動、BCでの実績などを客観的に確認できる人や団体と行動することをお勧めします。周りに適当な人や団体がいない場合は、ガイドツアーを利用することになると思います。

④先立つもの(ギア揃えるのにそれなりにお金がかかる)

BCにはその用途に特化したギアがあります。ギアの話は記事の後半でも触れますが、ざっと必要な費用のイメージは以下の通り。このジャンルのギアは海外製品がほとんどなので執筆時点では円安の影響で結構厳しいです。人に譲ってもらうとか、中古品を探すとかもうまく活用するといいかと。

滑走用具 約20万

  • 板 4〜5万
  • BC用ビンディング 7〜8万
  • BC用ブーツ 5〜6万
  • ポール(ストック) 約1万

ウェア、小物 約15万

  • ハードシェル上下 約10万
  • ゴーグル 約1万
  • グローブ 約4千円(テムレスw)
  • シール(スキー履いたまま登る道具) 約3万

雪崩対策 約6万

  • ビーコン 約4万
  • スコップ 約1万
  • プローブ(捜索用の長い棒) 約1万

総額 約40万… 結構しますね。まぁハードシェルや雪崩対策はBCに行く時に揃っていればいいので、まずはゲレンデでの練習のために滑走用具があればいいと思います。あと、できればハードシェルはゲレンデでは使わない方がいいです。リフトの乗り降りや転んだりで劣化するので、ゲレンデ用のウェアと使い分けた方が長持ちします。

ゲレンデ用のウェアは特にこだわりがなければ「himassmania」のがお勧め。価格破壊のコスパですが、機能的には普通のゲレンデウェアと遜色なく、シルエットやデザイン、色使いも良くて十分使えます。スノーボード用のウェアなので裾のエッジガードがないですがスキーでも使えてます。ゴーグルもここの使ってます。

 

BCデビューまでの流れ

BCデビューに至るまでにゲレンデで練習することの流れとしてはこんな感じです。

  1. 自分の意思と力でしっかり止まれるようになること。
  2. 転び方を覚えること。
  3. ゲレンデの未圧雪バーンをゆっくりでもいいから自力で滑って降りて来られること。
  4. ゲレンデのパウダーゾーンやツリーランエリアを滑れるようになること。

 

初めてスキーをやる人の場合は、最初の何度かはスクールに入ることを強くお勧めします。スクールは教えるのが仕事なので、基本からしっかり教えてくれます。これが友人同士だったりすると教える方が飽きてしまってうまくいかなかったりします。

「ヤマヤマ」はガイドでもインストラクターでもありませんが、スキーを教える時はまず止まり方を教えるようにしてます。危険回避のために一番大事だと考えてるからです。確実に止まれる自信が持てれば、スピードも上げられるようになります。あと、スキーは滑走中は板の中心から重心がズレるとコントロールがしづらくなります。初心者はスピードに腰が引けてしまうことが多いですが、そうすると更にコントロールができなくなります。常に腰と頭を板の中心に置いておけるように姿勢を意識するといいです。

一定のレベルに到達するまでは数をこなしてナンボだと思ってるので、練習するゲレンデは距離を長く滑れるところをチョイスしてます。あとは頻度。身体が覚えるまで可能な限り日を空けずに滑ること。

今はYouTubeに分かりやすいハウツー動画がたくさんあるので、テーマごとに動画を見ながら予習復習すると更に効率的かと思います。

 

モグモグがBCデビューするまでの流れ

インスタ「@plus9_mt」のハイライトに滑りをいくつか載せてます。

2020〜2021年

  • 12月 焼額山スキー場 レンタルで小学生以来のスキー再開
  • 12月 滑走用具一式購入
  • 1月〜3月 ゲレンデで20日くらい練習 野沢、ガーラ、苗場、岩岳、五竜、栂池
  • 3月くらいに五竜と岩岳の未圧雪バーンを降りられるようになる

2021〜2022年

  • 12月 焼額山で2シーズン目
  • 12月 平標山でBCデビュー 雪が少ないので主に歩きの練習
  • 12月 栂池の登録制パウダーエリア「DBD」でパウダーツリーランデビュー
  • 1月 白馬八方尾根南面ショートでBC 2回目
  • 1月 野沢バックカントリーエリアで本格パウダーランデビュー
  • 1月 黒姫山で本格的に登って滑るBCデビュー
  • 1月 東谷山、黒姫山
  • 2月 西吾妻山、森吉山、秋田駒ケ岳、四阿山
  • 5月 テン泊装備で立山

 

モグモグの場合は最初の一回だけレンタルしましたが思ったよりも滑れたので、後は滑走用具を買っちゃいました。まぁゲレンデ練習ではレンタルでもいいんですが、回数重ねるとコストもかかるし、毎回借りる手間も面倒です。あとは早いうちからBC用の滑走用具で慣れておいた方が効率がいいです。

最初のシーズンはとにかく数をこなすために色んなゲレンデの色んなコースをたくさん滑るようにしました。滑ること自体も楽しめてたようなので練習という意識はあまりなかったようです。ある程度慣れてきたら、スキーバスや新幹線を使って一人でも練習しに行けちゃう積極性も上達に貢献してるかと。まぁ本人曰く「せっかく道具買ったんだから使わないと勿体無い」だそうですが。

因みにBCの練習という観点からすると、ゲレンデの中でもモーグルに使うような深いコブが連続するコースを無理に練習する必要はありません。フィールドであんな地形はまずないからです。

1シーズンで大体どこのコースも滑れるようになり、2シーズン目でゲレンデのパウダーエリアやツリーランエリアをなんとか滑れるようになったところで、BCデビューです。スキーで山を登るコツを掴むのには少し慣れが必要だし、山ヤから始める人は最初は滑りを楽しむどころではないので、最初は滑りよりも登りの練習をするつもりで緩いところがいいです。

デビューしちゃった後は、「ヤマヤマ」があちこち滑りたいのでスパルタ方式で「モグモグ」もあちこち連れ回されることになります。

 

BCデビューした本人の談では

  • 「もっと簡単に登れて滑れると思ってた」
  • 「登りは楽しい、下りは試練」
  • 「滑ると言うより下山」
  • 「自分の滑る姿が思ったよりカッコよくなかった」
  • 「雪山は美しい」
  • 「雪山の行動範囲が広がった」
  • 「行動を終えた後の安堵感がハンパない」
  • 「緊張からの解放感がクセになる」
  • 「しんどいけどまた行きたい」

だそうです。

ノートラックのパウダー斜面を前にしてまだ「ヒャッホウ!」とはいかないようですが、下りを楽しめるようにはなりたいとのこと。

雪崩の話

 

BCをやる上で避けては通れないのが雪崩。積雪があり斜度があるところを滑る以上、雪崩のリスクは0ではありません。

雪崩の危険性を素人が確実に見切るのは難しい上に、厄介なことに滑って一番気持ちがいい35〜40度の斜面が一番雪崩れやすいということ。

とはいえ、知っておくべき知識を身につけ、リスクマネージメントをすればリスクは最小限に抑えられるので、闇雲に雪崩を恐れるのではなく正しく恐れましょう。

可能であれば「日本雪崩ネットワーク」JANの主催する2日間の雪崩基本講習を受けるのが望ましいです。講習参加が難しい場合は少なくともJAN発行の雪崩マニュアルを熟読しておくべきかと。

 

ギアの話

ギアの話はそれだけで1記事できちゃうくらい深いのでここでは詳しくは触れませんが、書いておきたいことを幾つか。

板についてはそりゃもうすごい数の種類があるし、相性もあるので一概にお勧めとかは言えないですが、用途から選ぶのが一番です。

未経験の山ヤがBC目的で使うなら、幅100mm(もしくは+-5mm)くらいがベストかと思います。パウダーもこなせるし、取り回しも悪くないのがこの辺りかと。長さは身長によって大体決まります。

最初は違いが分からないと思いますが、ある程度滑りに慣れてきたら、一度試乗会で色んな板に乗ってみることをお勧めします。本当に板によって乗り味が全然違うので。

「ヤマヤマ」は試乗会で一目惚れしたAtomicの「BENT CHETLER100」に乗ってます。「モグモグ」もAtomicのツアースキー「BACKLAND98」。

 

ビンディング

ビンディングはブーツとの規格を合わせる必要があります。幾つか種類がありますが、ゼロから道具を揃えるなら、テック(TLT)ビンディング一択です。テックビンディングは爪先側の爪で、ブーツの爪先に空いている穴を挟むようになってます。この状態でヒール側がフリーになることで板を履いたまま歩くことができます。昔は前後につながったビンディングごと上下に動くツアービンディングが主体でしたが、テックビンディングの方が圧倒的に軽いです。

山ヤならお分かりの通り、軽さは正義です。

滑り重視の人はMARKER「KingPin」かSALOMON「SHIFT」を選ぶことが多いようです。軽さ重視の人はG3「ION」か、もっと軽いモデルを選ぶようです。因みにビンディングのモデル名の最後につく「10」とか「13」とかの数字は負荷がかかった際にブーツが解放される強度を示した「最大解放値」です。攻め込んだ滑りをするとか、飛んだり跳ねたりするとかでなければ「10」で良いかと思います。

「ヤマヤマ」「モグモグ」は滑り重視でMARKER「KingPin」です。「ヤマヤマ」は「ION」も使ってましたが、何度か不具合があったのと、ヒールをピンで固定する形式はやはり安定感がいまいちなので「KingPin」に変えました。

 

ブーツ

ブーツは一番予算と時間をかけて欲しいギアです。スキーブーツは外側がプラスチックのシェルで覆われたハードブーツなので、BCのように歩いたり滑ったりで動きが激しいと、どうしてもどこかしら擦れたり当たったりというのは出てきます。ジャストフィットするのは中々難しいので熱成形モデルを選んだり、後で自分でソックスや詰め物で調整したりする前提でいた方がいいと思います。

テックビンディングを使うなら専用のブーツを選ぶ必要があります。ビンディングの方で「ゼロから揃えるなら」と前置いたのは、テックビンディングを使うには、ブーツ側にテックビンディング用の穴が開いていないと使えないからです。

後はモデルによっては、ソールがゴム底じゃないやつもあるので、山を歩くならゴム底のモデルを選ぶか、ゴム底に交換可能なモデルを選んだ方がいいと思います。BCではよく板を脱いで飛び石を使って渡渉するシーンも出てきますが、ソールがプラのモデルだとここで絶望することになるからですw

「ヤマヤマ」は TECNICA「COCHIS130」、「モグモグ」は K2「MIND BENDER90」を使ってます。

 

ポール

ポールは普段山で使ってるやつでもいいんですが、滑りで使うと結構負荷がかかったり、どこかにぶつけたりと消耗が激しいので、専用に持っておくことをお勧めします。

この時強度の面からカーボンはあまりお勧めできないのと、BCスキーヤーは常にポールを使うので、3段伸縮とかもいらないです。2段伸縮で十分。慣れてくると長さ調整すらしなくなります。

 

シール

BCで使うシールっていうのは毛皮みたいなシートで、板の裏にペタッと貼り付けて使います。(昔はほんとにアザラシの毛皮、今は化学繊維)これをつけると前には進むけど、後ろには滑らないので板を履いたまま雪山を登ることができます。

これも色んな種類があるけど「ヤマヤマ」のお勧めはPOMOCAの「CLIMB PRO S-GLIDE」。シールは2種類しか試したことないけど、「CLIMB PRO S-GLIDE」は登り性能はキープしつつ、明らかに前に進む滑りが良いのです。

シールには「登りのグリップ性能」と「前への滑り性能(GLIDE)」があって、初心者には登りやすいようにグリップ性能が高いものをお勧めされる事が多いけど、登りってのは斜度を落としたりある程度の慣れでクリアできるけど、滑り性能は努力でどうにかなるものではないので、数千円の差で迷うなら断然「CLIMB PRO S-GLIDE」で楽に歩くことをお勧めします。

シールの接着部分は熱に弱いので、干す時はストーブの近くとかはNGです。風通しの良いところで陰干ししましょう。うちではサーキュレーターの風当てて室内干しです。シーズンオフは冷凍庫に保管して置くのがベストです。

 

最後に

 

この記事はBCデビューするまでをメインとしてるので、BCの詳しい技術などには触れませんが、いくつか知っておいてほしいことを最後に書いておきます。

7割で

BCではいつでも危険回避できるように7割の力で滑って余力を残しておくこと。ゲレンデと違って、整備がしてある訳でも安全が確保してある訳でもありません。雪に隠れた岩があったり、クラックがあったり、雪面も1ターンごとに雪質が変わる事もザラです。

「ヤマヤマ」も、パウダーが積もった尾根を滑っている時に、尾根の左右で全く雪質が違い、気持ちよくパウダーを滑っていたら左側は表面が凍ったクラストバーンで一気にエッジが抜けて両脚のスキーが外れてそのまま谷底に滑落しかけたことがあります。

余力を残しつつ全力で周囲の状況も把握してください。

GPS

BCでは夏山と違って雪があるところがどこでもフィールドになるので、現在地とルートを把握しておくことが夏山以上に重要になります。

スマホのGPSアプリを最大限に活用してください。

ギアのメンテナンス

これ、結構女性の方は苦手かもしれませんが、BCでのギアの不備は高いリスクになります。そして困ったことにビンディングやシールはデリケートなので結構な頻度で調子が悪くなります。少なくともシーズンイン前と半ばにはギアに不具合がないか隅々まで確認、山に入る前にも最低限の確認はしましょう。

ギアの不備は自分だけでなくパーティ全体に迷惑をかけることになります。

 

以上、山ヤがBCデビューするまでをまとめてみました。

BCに興味がある山ヤの方の参考になれば幸いです!

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